マキトです
僕は、人類史上最大の転換期は
20世紀だと考えています
なぜなら、20世紀において初めて
人類の半数を占める女性が
「人間」として公に認められたからです
歴史をひも解けば分かるように
それまで、女性の地位は
とうてい「市民」と呼べるものではなく
奴隷に等しいものでした(>_<、)
日本でも、女性の選挙権が認められたのは
戦後に入ってからです
しかし、今では
先進国から続々と
女性元首が選出されています
もちろん、まだ十分に
男女平等が実現しているとはいえませんが
少なくとも名目としては、誰も
男女同権を否定できない段階にまで来ています
20世紀の女性解放運動は
人類の半数に、ようやく希望をもたらしました
有史以来、第一に特筆すべき
最も重要なムーブメントだったのです
これほど大きな「人道上の成功」は
歴史上かつて存在しなかったし
今後もないでしょう
これは、女性だけではなく
人類全体の勝利ですヽ(*⌒∇⌒*)ノ
いわば、男尊女卑だった時代の人類は
いまだ野蛮な「毛のないサル」に過ぎず
20世紀でようやく
「人間」と呼べる存在になったのです
人類は
あまりにも痛ましい犠牲の歴史の末に
ようやく
「平和主義」と「人道主義」が
真の正義であることに到達しました
※真理とは、子どもにも理解できるほど平易なものです
戦争と差別を肯定する、あらゆる思想は
放棄されなければならないのです
それは女性の敵であり、人類の敵だからですo-_-)○☆
欧米において、長年
女性差別の思想的裏付けとなっていたのが
キリスト教でした
聖書においては、失楽園のシーンで
神がエヴァに向かって
「男はお前を支配する」
そう明確に伝えています( ̄□ ̄;)
イエスの十二使徒は、全員男です
新約聖書『コリント人への手紙1』には、使徒パウロの
「男が女のために造られたのではなく、女が男のために造られた」
という言葉もあります
聖書から距離を置くことで
欧米人はようやく
女性を自立した市民と見なし
ヒューマニズムに達することができたのです
宗教が戦争と差別を助長してきたのは
歴史の紛れもない教訓です
同じように、日本人は「仏教」から
脱皮しなければなりません
実を言うと、仏教では
戦争は否定していても、女性差別は肯定しています
法華経以外の経典では
女人の即身成仏を認めていません
つまり、女は業の深い存在なので
長い修行で罪を滅し
男に生まれ変わらないと
成仏の資格がないという前提なのです((@Д@*))
釈迦如来も大日如来も阿弥陀如来も
仏像は、全て男の姿をしていますよね?
仏教は、あくまで
「男のための宗教」なのです
それは、男尊女卑の時代ならば
通用したかもしれませんが
今日では、もはや時代錯誤です
もともと、仏教の伝承では
ブッダの滅後2000年で末法の世に入り
仏法は滅びるとされていました
仏教はもともと
「耐用年数が決まっていた」宗教なのです
。。。ただ、興味深いことに
「法華経」だけは
末法の世に入ってから広まるとされています
そう、女人の即身成仏、つまり男女平等を説いた
唯一の経典です
ただの偶然かもしれませんが
ブッダ以来の、歴代の仏教伝承者たちは
男女平等の時代が来ることを
予期していたかのようです(@_@;)
日蓮は、法華経以外の経典を全て否定しましたが
いわば、仏教の歴史において
初めて男尊女卑からの脱皮を明確に宣言したのです
日蓮は
「法華経を信じる女人は、一切の男子より偉大である」
とまで述べていて
日本におけるフェミニズムの元祖というべき存在です
。。。もっとも、日蓮の理想が
日蓮系の宗派に受け継がれているかというと
残念ながら、否といわざるを得ません(-_-)
尼が法主になった例は、皆無です
尼法主は、むしろ浄土宗系に散見されます
創価学会も日蓮系ですが
学会が支持する公明党の女性議員(衆院)は
21名中3名に留まります
つまり
法華経の男女平等思想は
理論としては存在していても
十分に実現している教団は、いまだ皆無なのです
宗教界は、まだまだ女性蔑視の世界です
ですから、わざわざ特定の教団に入信する必要はないし
おススメもできません┐('〜`;)┌
確かに、法華経においても
龍女の成仏は男子への化身を伴いますので
完全な意味での、男女平等とは言えません
せっかく、ドラマチックに
女人の即身成仏を説いているのに
この描写は、ハッキリ言って蛇足でしょう(苦笑)
日本語訳 法華経 提婆達多品第十二
女性のための
伝統宗教の教えがあるとしたら
(オマケしても)法華経しかないだろうというのが
マキトの考えです
99%の宗教は、女性差別を助長しています
フェミニズムの立場からの宗教論が
ほとんど存在しないのは
日本の思想界の、大きな空白です
これはまさに、女性に適した仕事ですから
優れた研究者の出現を待望します


僕は、人類史上最大の転換期は
20世紀だと考えています
なぜなら、20世紀において初めて
人類の半数を占める女性が
「人間」として公に認められたからです
歴史をひも解けば分かるように
それまで、女性の地位は
とうてい「市民」と呼べるものではなく
奴隷に等しいものでした(>_<、)
日本でも、女性の選挙権が認められたのは
戦後に入ってからです
しかし、今では
先進国から続々と
女性元首が選出されています
もちろん、まだ十分に
男女平等が実現しているとはいえませんが
少なくとも名目としては、誰も
男女同権を否定できない段階にまで来ています
20世紀の女性解放運動は
人類の半数に、ようやく希望をもたらしました
有史以来、第一に特筆すべき
最も重要なムーブメントだったのです
これほど大きな「人道上の成功」は
歴史上かつて存在しなかったし
今後もないでしょう
これは、女性だけではなく
人類全体の勝利ですヽ(*⌒∇⌒*)ノ
いわば、男尊女卑だった時代の人類は
いまだ野蛮な「毛のないサル」に過ぎず
20世紀でようやく
「人間」と呼べる存在になったのです
人類は
あまりにも痛ましい犠牲の歴史の末に
ようやく
「平和主義」と「人道主義」が
真の正義であることに到達しました
※真理とは、子どもにも理解できるほど平易なものです
戦争と差別を肯定する、あらゆる思想は
放棄されなければならないのです
それは女性の敵であり、人類の敵だからですo-_-)○☆
欧米において、長年
女性差別の思想的裏付けとなっていたのが
キリスト教でした
聖書においては、失楽園のシーンで
神がエヴァに向かって
「男はお前を支配する」
そう明確に伝えています( ̄□ ̄;)
イエスの十二使徒は、全員男です
新約聖書『コリント人への手紙1』には、使徒パウロの
「男が女のために造られたのではなく、女が男のために造られた」
という言葉もあります
聖書から距離を置くことで
欧米人はようやく
女性を自立した市民と見なし
ヒューマニズムに達することができたのです
宗教が戦争と差別を助長してきたのは
歴史の紛れもない教訓です
同じように、日本人は「仏教」から
脱皮しなければなりません
実を言うと、仏教では
戦争は否定していても、女性差別は肯定しています
法華経以外の経典では
女人の即身成仏を認めていません
つまり、女は業の深い存在なので
長い修行で罪を滅し
男に生まれ変わらないと
成仏の資格がないという前提なのです((@Д@*))
釈迦如来も大日如来も阿弥陀如来も
仏像は、全て男の姿をしていますよね?
仏教は、あくまで
「男のための宗教」なのです
それは、男尊女卑の時代ならば
通用したかもしれませんが
今日では、もはや時代錯誤です
もともと、仏教の伝承では
ブッダの滅後2000年で末法の世に入り
仏法は滅びるとされていました
仏教はもともと
「耐用年数が決まっていた」宗教なのです
。。。ただ、興味深いことに
「法華経」だけは
末法の世に入ってから広まるとされています
そう、女人の即身成仏、つまり男女平等を説いた
唯一の経典です
ただの偶然かもしれませんが
ブッダ以来の、歴代の仏教伝承者たちは
男女平等の時代が来ることを
予期していたかのようです(@_@;)
日蓮は、法華経以外の経典を全て否定しましたが
いわば、仏教の歴史において
初めて男尊女卑からの脱皮を明確に宣言したのです
日蓮は
「法華経を信じる女人は、一切の男子より偉大である」
とまで述べていて
日本におけるフェミニズムの元祖というべき存在です
。。。もっとも、日蓮の理想が
日蓮系の宗派に受け継がれているかというと
残念ながら、否といわざるを得ません(-_-)
尼が法主になった例は、皆無です
尼法主は、むしろ浄土宗系に散見されます
創価学会も日蓮系ですが
学会が支持する公明党の女性議員(衆院)は
21名中3名に留まります
つまり
法華経の男女平等思想は
理論としては存在していても
十分に実現している教団は、いまだ皆無なのです
宗教界は、まだまだ女性蔑視の世界です
ですから、わざわざ特定の教団に入信する必要はないし
おススメもできません┐('〜`;)┌
確かに、法華経においても
龍女の成仏は男子への化身を伴いますので
完全な意味での、男女平等とは言えません
せっかく、ドラマチックに
女人の即身成仏を説いているのに
この描写は、ハッキリ言って蛇足でしょう(苦笑)
日本語訳 法華経 提婆達多品第十二
女性のための
伝統宗教の教えがあるとしたら
(オマケしても)法華経しかないだろうというのが
マキトの考えです
99%の宗教は、女性差別を助長しています
フェミニズムの立場からの宗教論が
ほとんど存在しないのは
日本の思想界の、大きな空白です
これはまさに、女性に適した仕事ですから
優れた研究者の出現を待望します
