神経ペプチドホルモンのオキシトシン(OXT)は、ヒトやマウスでは脳視床下部の室傍核(paraventricular nuclei )、及び視交叉上 (supraoptic nuclei)と言われる領域にある、主に大細胞性神経細胞(mgnocellular neuron)で合成される、たった9つのアミノ酸からなるペプチドホルモンです。

このオキシトシンに関しては、子宮強直性をもたらす活性や乳汁射出活性について、なんと1800年代終期から1900年代初頭にかけて既に報告が見られます。またoxytocinという名称ですが、その強力な子宮筋収斂作用ゆえ、"quick birth"を意味するものとして命名されました。

また、オキシトシンは1953年には動物のペプチドホルモンとして初めて構造が明らかにされ、まもなく初めての化学合成もされるなど、研究の歴史においては大変"古い"ホルモンです。

 このオキシトシンは一方、脊椎動物に広く保存されているメソトシンやバソプレシン(AVP)などとも近縁で、9アミノ酸ホルモンという通称を持つこのペプチドホルモンのファミリーはサメや貝類、タコ、昆虫やミミズにいたるまで保存されている、進化的にもまた大変"古い"ホルモンと言えます。

さて、脳内で合成されたオキシトシンは、下垂体後葉に輸送され、様々な刺激、例えば赤ちゃんが母親のお乳に吸い付く刺激や、分娩の刺激、或いは様々なストレス刺激に応じて血液中に分泌されます。この血中に分泌されたオキシトシンの機能としては、分娩時の子宮平滑筋の収縮と分娩の誘起、乳腺からの乳汁分泌や生殖腺への制御作用などが知られていました。

一方、脳内に直接分泌(投射)されたオキシトシンは、オキシトシン受容体を発現するニューロンに働きかけます。この結果、様々な生理作用、動物の生殖行動などの生殖社会行などの制御作用を果たす可能性のあることが、オキシトシンや拮抗阻害剤などを用いた研究から明らかになってきています。



次に、オキシトシン受容体欠損マウスの異常から明らかになった、オキシトシン系が果たしている”社会行動”における役割についてついて説明しましょう。

○社会行動障害:攻撃性の上昇
 受容体欠損のoxtr-/-雄マウスでは、他の雄個体に対して通常より高い攻撃行動を見せました。一方、ホルモン欠損のoxt-/-雄マウスでは攻撃性は高まらず、野生型と同じでした。研究の進展により、受容体欠損で見られた攻撃行動の増強は、胎児期にそのオキシトシン受容体が母性OXTに曝されることで抑制されている事が判り、母胎環境が動物個体の生後の"性格"に大きく影響する1例となりました。

○母子関係異常
  Retrieving行動(子供を巣に連れ帰る行動)とCrouching over行動(子供に覆い被さる行動)について、野生型のマウスと受容体欠損oxtr-/-雌マウスの子育て行動を調べてみました。この結果、受容体欠損のoxtr-/- 雌マウスではその子育て能力が障害されていること、この障害は雄の攻撃性とは異なり、OXTR遺伝子の有無にのみ依存していることなどが判りました。また、同雄新生児マウスは母親を呼ぶ発声と考えられる超音波音声発生(Ultrasonnic vocalizations)の頻度の著しい減少を見せ、これに反しその行動量(Locomotor activity)は増大する症状(多動)を見せました。

○個体認識能低下
社会的健忘症;Social recognition能の低下症状が観察されました。

 また、世界で初めて作られたオキシトシン受容体欠損マウスにより、オキシトシン系が動物個体において持つ新しい機能も明らかになりました。受容体欠損の oxtr-/-雌マウスは、生殖や行動に関する異常以外に、組織形態や生理学的な異常を見せたのです。これについては現在研究が進展中ですが、機会を改めて御紹介致しましょう。

○オキシトシン遺伝子欠損での体温調節能異常
オキシトシン遺伝子欠損マウスは。低温(5℃)に暴露した場合、野生型のマウスよりも急速に体温が低下すること、つまり体温調節能に異常を期待していることが明らかになりました。情緒の状態が体温に影響することは誰もが経験するところですが、ここにもオキシトシンが関わっている可能性があるのです。



最後に、我々の研究と大変関連の深い分野で最近相次いで報告されている、下垂体後葉ホルモン(オキシトシンとバソプレッシン)系に関する他グループの興味深い報告についても簡単に御紹介致しましょう。

○人間相互間の信頼とオキシトシン
 2005年Nature誌に「オキシトシンが人相互間の信用・信頼を醸成する」と言う興味深い研究報告がされました。

○子供の家庭環境と尿中の下垂体後葉ホルモン濃度
 2005年末には、孤児院等で面倒を見る人(care giver)に恵まれないケースに比べ、実親や養母などのcare giverに恵まれた場合、小児の尿中下垂体後葉ホルモン量が有意に上昇すると言う報告がなされました(8)。

 
○バソプレッシン受容体と夫婦関係?
 アメリカ原産のハタネズミ亜種が"一夫多妻制"をとるか、または"一夫一妻制"を採るかは、その種が持つバソプレッシンの受容体、V1aRの脳内での発現分布の違いによることが見いだされました。バソプレッシンはオキシトシンに極めて近縁の下垂体後葉性ホルモンです。またこの婚姻行動の特性は、ハタネズミの脳内に人為的に遺伝子を補給することで一夫多妻行動から一夫一妻行動へと劇的に変化しました。

 このように、下垂体後葉ホルモンのオキシトシンとその受容体系は、もう一つの同ホルモン、バソプレッシンとその受容体系と共に、旧来から知られていた様々な生理作用に加え、動物個体の個性や個体間互間のコミュニケーションを制御している大変興味深いホルモン系であると考えられ始めています。 

 遺伝子改変マウスの作製と解析という方法が研究方法に加わることで、社会行動制御や自閉症発症とオキシトシンやオキシトシン受容体、バソプレッシン変異の関係を探る研究、下垂体後葉ホルモンとストレス応答に関する研究、或いは下垂体後葉ホルモンの持つ新しい生理作用に関する研究などが今後ますます興味深い展開を見せることでしょう。







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